大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和55年(ワ)238号 判決

原告

西村光一

ほか一名

被告

有限会社磯川工務店

主文

被告は原告西村光一に対し金一七九万五三七四円及びこれに対する昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告名和一郎に対し金三四万五四五二円及びこれに対する昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの、その三を被告の各負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告西村光一に対し二三九万七一八三円及びこれに対する昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、原告名和一郎に対し三七万九〇八八円及びこれに対する昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名は左記の交通事故によりそれぞれ後記の損害を被つた。

日時 昭和五四年九月一〇日午後四時四五分ころ

場所 京都市東山区本町一五丁目七四九番地先路上

加害車両 斎藤正記運転の普通貨物自動車(京四四な一〇二九号)

被害車両 原告西村光一所有運転の普通乗用自動車(京五五い七四一五号)

原告名和一郎所有運転の普通乗用自動車(京五五い九三九号)

事故の態様 前記日時場所において加害車両は被害車両に衝突した。

2  被告の責任

(一) 被告は、加害車両の所有者であるところ、かねてより京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町一部五九二番地建仁寺山内霊洞院から同院の改修工事を請負い、左官工事に従事していた。被告の使用人である訴外小笠原和広は被告の業務として右霊洞院で作業をするため、昭和五四年九月一〇日午前八時一五分ころから同日午後四時四五分ころの間加害車両に左官に必要な器材を積み込み工事現場まで運びエンジンキーをつけたままドアロツクもしないで車首を西向きにして同所に駐車し作業に従事していた。

(二) 盗難現場は建仁寺の境内で付近には京都唯一の中央競馬場外馬券売場が存在し、競馬開催日は勿論非開催日にも関係者や参観人、通行人及び遊び人が多く盗取された同年九月一〇日ころは特に人出が多かつた。

訴外斎藤正記はこの境内地で一服しようと思つて加害車両に近づいたところ運転席のドアがロツクされていなかつたためそのまま運転席に入りエンジンキーが差し込んだままになつていたので発進させ北門から東大路を南行し泉涌寺に至り前記事故を惹起した。

(三) かような外形的客観的事情の下にあつては被告は加害車両の運行を第三者に容認したというべきであり、加害車両を運行することによつて多大の利益を享受している。

よつて被告は原告らに対し自賠法三条の責任及び民法七〇九条、七一五条の管理上の過失責任を負う。

3  原告らの被つた損害

(一) 原告西村光一の損害

(1) 車両損害費 四五万円

(2) 医療費 四二万八二八五円

頸部捻挫及び右下腿打撲により昭和五四年九月一〇日から同五五年四月一二日までの二一六日(内治療実日数八一日)間大和病院に通院し右医療費を負担した。

(3) 休業損害 九一万八八九八円

同原告は個人タクシー業を営む者であるが昭和五四年九月一一日から同五五年三月末日までの二〇二日間就労しなかつた。一日の収益は四五四九円(昭和五三年一月一日から同年一二月三一日までの収益は二三七万二〇〇〇円、必要経費三〇%を控除すると一六六万〇四〇〇円となりこれを三六五日で除する。必要経費控除率を三〇%としたのは、保険料算定会では自賠責支払基準のなかで、ホステス、外務員等の必要経費について年間総収入が三〇〇万円以下二〇〇万円を超えるものは三〇%とする旨を定め、各自動車損害調査事務所に示し、各事務所も一率に取扱つており、個人タクシー業も右の取扱いを受けているからである。)、これに就労しなかつた日数二〇二日を乗ずると九一万八八九八円となる。

(4) 受傷による慰藉料 六〇万円

(二) 原告名和一郎の損害

(1) 車両損害費 一〇万六七七〇円

(2) 医療費 七万〇一五〇円

頸部捻挫により昭和五四年九月一〇日から同年一〇月二日までの二三日(内治療実日数八日)間大和病院に通院し右医療費を負担した。

(3) 休業損害 一〇万二一六八円

同原告は個人タクシー業を営む者であるが昭和五四年九月一一日から同年一〇月二日までの二二日間就労しなかつた。一日の収益は四六四四円(昭和五三年一月一日から同年一二月三一日までの収益は二四二万二〇〇〇円で、必要経費三〇%を控除すると一六九万五四〇〇円となり、これを三六五日で除する。)、これに就労しなかつた二二日を乗ずると一〇万二一六八円となる。

(4) 受傷による慰藉料 一〇万円

よつて、被告に対し、原告西村光一は不法行為に基づく損害金二三九万七一八三円及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告名和一郎は不法行為に基づく損害金三七万九〇八八円及びこれに対する前同昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告の請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は不知。同2のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実は不知、(三)は争う。同3は争う。

2  本件は純然たる盗難車両により惹起された事故であり被告が賠償責任を負ういわれはない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故に至る経緯及び事故の発生

請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第一ないし第一一号証、証人吉田光男の証言により真正に成立したと認める甲第一二号証、昭和五五年一〇月一一日吉田光男撮影の建仁寺境内の写真であることに争いのない検甲第一ないし三号証、昭和五六年二月二一日右同人撮影の建仁寺境内の写真であることに争いのない検甲第四ないし第一五号証、昭和五四年九月一〇日京都マツダ株式会社従業員撮影の原告西村光一の運転していた車の写真であることに争いのない検甲第一六ないし第二〇号証、証人吉田光男、同山本直一の各証言及び原告西村光一、同名和一郎各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。

被告会社は昭和五四年八月ころから京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町一部五九二番地建仁寺山内霊洞院の改修(左官)工事を請負い、山本直一及び小笠原和広はいずれも被告会社の従業員として右工事に従事し、その間小笠原和広は右仕事のため被告会社所有の加害車両を運転していた。

霊洞院玄関口の南東及び西側にそれぞれ門があり従来いずれも普段は鍵がかかつているため人は通れるが車は通れない状態であつたので小笠原らは鍵を借りてきて門を開け車を入れて門を閉め鍵を返えしに行つていたが、昭和五四年九月三日ころから西側の門付近の石畳を敷き替える工事が始められそれ以来この門は常時開かれていて車も自由に通行しうる状態になつていた。

昭和五四年九月一〇日小笠原和広と山本直一はこれまでと同様右改修工事のため加害車両で開かれたままの西側の門を通つて霊洞院玄関前に駐車させ加害車両から離れて作業をしていた。小笠原が加害車両を最後に確認したのは午後三時ころであり、盗難にあつたのを知つたのは連絡を受けた同日午後五時一五分ころであつた。

建仁寺境内は付近に京都で唯一の中央競馬場外馬券売場が存在していることもあつて、参詣者、通行人、遊び人などの出入りが多く、また車の通行もある。加害車両が駐車してあつた場所は霊洞院境内のやや奥まつたところではあるが本件事故当日も人通りがあつた。

斎藤正記は昭和五四年九月一〇日午後四時三〇分ころ酒に酔い休憩場所を求めて建仁寺境内を通りかかり加害車両に近づいたところ、ドアロツクがかかつていなかつたのでドアを開けてこれに乗り込み、エンジンキーが差し込まれたままであることに気付き運転免許証失効後二年ほど車を運転したことがなかつたため久し振りに運転してみたくなつたのと、ほとんど所持金がなかつたことからこの車を無断借用しようと考えエンジンを始動させて発進し建仁寺境内を北門から出た。

斎藤は時速約四〇キロメートルで運転を継続して同日午後四時四五分ころ京都市東山区本町一五丁目七四九番地先路上にさしかかつた際酒の酔いと運転未熟により客待ちのために停止中の原告西村光一運転の普通乗用自動車(以下原告西村車という。)を避けきれずその右後部に加害車両の前部を追突させ、さらに原告西村車の前部をその直前で客待ちのために停止中の原告名和一郎運転の普通乗用自動車(以下原告名和車という。)に追突させた。

二  被告の責任原因

1  運行供用者責任

前記事実によると、被告は加害車両の所有者であり、小笠原和広及び山本直一はいずれも被告の従業員であること、小笠原和広及び山本直一が加害車両を駐車しておいた場所は建仁寺境内であつて二つの門によつて仕切られているとはいえ一方の門は工事のために常に開放されている状態にあり常に人の出入りがあつて一般通路と同視しうるところで定められた駐車場ではなく、小笠原及び山本が仕事をしている間は十分に監視することもできない状態にあつたこと、かような状態にあるにもかかわらず、小笠原和広は加害車両のドアロツクをせずエンジンキーも差し込んだまま午前八時一五分ころから午後四時三〇分ころまでの長時間にわたつて駐車し放置していたこと、斎藤正記は偶々右境内を通行していて駐車中の加害車両を容易に盗取しその後一五分足らずで事故を起こしたこと、が認められ、直接には斎藤正記が本件事故を惹起したものとは言え被告が第三者による無断運転を容認したと同様にみられ、このような状況の下において斎藤が加害車両を運転し事故を起こしたのであつて、被告は斎藤による加害車両の盗取によつて運行供用者たる地位を離脱したものとはいえず運行供用者としての責任を負うと解するのが相当である。

従つて、被告は原告らに対し自賠法三条により身体の傷害に伴う損害を賠償すべき責任がある。

2  不法行為責任

自動車を所有・管理する者はその保管を厳重にし運転技術、運転能力、運転適性等に欠ける者が運転する場合交通事故の発生することも容易に予見できるところであるから、このようなことのないよう十分注意して未然に危険発生を防止すべき注意義務があるところ、前記のとおり被告会社の従業員小笠原及び山本は第三者が容易に出入りすることが可能な場所に十分な監視もなしえない状態で長時間加害車両を駐車しエンジンキーを抜きドアロツクをなす等の措置を講ずることもなく放置したのであるから、その措置とこれに基づく盗難及びそれに引続いて起つた交通事故との間には相当因果関係があり、かつ重大な過失があるものというべきである。そして、右小笠原らの行為は被告会社の事業の執行に関するものであるから、被告会社はその使用者として原告らに生じた身体の傷害によるもの以外の損害について賠償すべき責任がある。

三  原告らの損害

成立に争いのない甲第八、第九号証、同第一三ないし第一八号証、同第二〇号証、同第二二ないし第二四号証、乙第一、第二号証の各一、二、原告西村光一の本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一九号証、同第二五号証、原告名和一郎の本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第二一号証、同第二六号証、証人吉田光男の証言により真正に成立したと認める甲第二七ないし第二九号証、証人吉田光男の証言及び原告両名の各本人尋問の結果を総合すれば、本件事故と相当因果関係のある損害として次のとおり認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告西村光一の損害

(一)  車両損害費 四四万一一二二円

原告西村は本件事故によつて車を大破させられ、廃車せざるを得なくなつたので事故前の残存価格をもつて損害と認める。

(二)  医療費 四二万八二八五円

原告西村は、本件事故により頸部捻挫、右下腿打撲の傷害を受け、昭和五四年九月一〇日から同月三〇日までの間京都市東山区大和大路通正面下る大和大路二丁目五四三番地医療法人社団和松会大和病院に通院して治療を受け(治療実日数九日)九万二五七五円を支払い、同年一〇月一日から同五五年四月一二日までの間同市伏見区深草西浦町四丁目八三番地安立病院に通院して治療を受け(治療実日数七二日)三三万五七一〇円を支払つた。

(三)  休業損害 三二万五九六七円

原告西村は個人タクシー業に従事する者であり、本件事故による前記受傷の結果耳鳴り、膝痛、精神的シヨツクなどのために車を運転するに適する状態になかつたので昭和五四年九月一一日から同五五年三月三一日までの二〇二日間現実に就労しなかつた。原告西村の昭和五三年分の必要経費を控除した収益は五八万九〇〇〇円であるから原告西村が休業により現実に喪失した収入は三二万五九六七円と認められる。

58万9,000×202/365=32万5,967

(四)  慰謝料 六〇万円

原告西村の受傷の内容、程度、治療経過、職業、本件事故の態様その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば、原告が本件事故について慰謝料として請求しうべき額は六〇万円をもつて相当と認める。

2  原告名和一郎の損害

(一)  車両損害費 一〇万六七七〇円

原告名和は破損させられた車の修理を京都市南区上鳥羽南鉾立町三七の二洛陽自動車に依頼し右修理費用として一〇万六七七〇円を支払つた。

(二)  医療費 七万〇一五〇円

原告名和は本件事故により頸部捻挫の傷害を受け、昭和五四年九月一〇日から同年一〇月二日までの間前記大和病院に通院して治療を受け(治療実日数八日)七万〇一五〇円を支払つた。

(三)  休業損害 六万八五三二円

原告名和は、個人タクシー業に従事する者であり、本件事故による前記傷害により耳鳴り、腰痛、頭痛、精神的シヨツクなどのために車を運転するに適する状態になかつたので昭和五四年九月一一日から同年一〇月二日までの二二日間現実に就労しなかつた。原告名和の昭和五三年分の必要経費を控除した収益は一一三万七〇〇〇円であるから、原告名和が休業により現実に喪失した収入は六万八五三二円と認められる。

〈省略〉

(四)  慰謝料 一〇万円

原告名和の受傷の内容、程度、治療経過、職業、本件事故の態様その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば、原告名和が本件事故について慰謝料として請求しうべき額は一〇万円をもつて相当とする。

四  よつて、原告らの本訴請求のうち被告に対し、原告西村について一七九万五三七四円及びこれに対する本件事故後である昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金、原告名和について三四万五四五二円及びこれに対する右同昭和五五年二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例